顎関節症のステージ
顎の動きを体系的に分析して科学的な治療計画に繋げることが、顎関節治療には求められます。昭和の高度成長期に先進的ともてはやされた中心咬合や犬歯誘導咬合による優位性が提唱されたナソロジー、ドーソンテクニックと称され下顎に力を加えて顎関節位置を安定させようとするバイラテラルテクニックには、生理学的な整合性はありませんでした。
これに対してマーク・パイパーはドーソンの咬合論を礎としながらも、顎関節を治療の中心として、関節の変化を5つのステージと8形態の分類として科学的な診査診断をおこないます。これが Foundational Occlusion (基礎咬合)理論です。
顎関節症治療は関節 (軟組織・骨・関節円板)を総合的に分析することから診断を始めます。軟組織の変化をマーク・パイパーは病理的分類として示しました。
軟組織の変化とは基本的に関節円板の変位を意味します。顎の関節は特殊で左右が連動して3次元的に自在に動く特性があります。そのため関節円板(軟骨)も顎の前後左右に位置が変わったり、飛び出してしまったり(ヘルニア症状)することがあり、この軟組織の変化で咬み合わせ、開口障害、痛みなど様々な顎関節症の症状に繋がります。
ステージ 1
正常な顎関節。関節円板は正しい位置にあり、クリック音もありません。MR 画像では関節円板、関節包、関節腔、骨は良好な状態を示します。
ステージ 2
ほぼ正常な顎関節。関節円板はほぼ正しい位置にあり、クリック音もありません。主に外側翼突筋(がいそくよくとつきん)の緩み・伸び、関節円板の歪み・穴あき、反対側の関節円板の僅かな損傷などがあります。
MR画像では関節円板の変化を認めることはなく、関節包や筋肉に僅かな損傷を示しますが、生理学的には良好です。
・代表的な自覚症状
大きく口を開けるとカクカクしたり、音がする気がする。
耳のあたりに違和感がある気がする。
ステージ 3
初期の顎関節症と診断される顎関節。外側翼突筋(がいそくよくとつきん)の緩みが進行して、関節円板は外側前方に移動します。ステージ3 は関節円盤の内側は正常な位置にあり外側だけが変位した状態です。ステージ3以降は、関節円板のヘルニアの状況に応じ a または b に細分類されます。MR では概ね良好に撮像されるため、画像診断だけでなく生体力学的な診査診断が重要となります。
・代表的な自覚症状
大きく口を開けるとカクカクしたり、音がする。
耳のあたりに違和感がある。
歯が染みる気がする。
閉口時に関節円板は外側前方に変位していますが、開口時には関節円板と骨位置は正しい位置に戻ります。クリック音とともに人により僅かな痛みを伴う場合がありますが、噛み合わせは概ね良好です。
閉口時に関節円板は外側前方に変位し、克つ開口時にも関節円板は正しい位置に戻らず、下顎頭により押し出されたままとなります。関節円板は変位したままなので通常クリック音は発生しません。外側は関節円板のヘルニアに伴って骨の変形がみられる場合もありますが、噛み合わせは概ね良好です。
ステージ 4
顎関節症と診断される顎関節。外側翼突筋(がいそくよくとつきん)だけでなく、内側翼突筋(ないそくよくとつきん)の緩みも進行して、関節円板は全ての方向に対して移動します。関節円盤、関節包、骨(下顎窩・下顎頭)は変位し、咬み合わせも大きく変化します。MR 画像診断では関節包とよばれる関節円板後方の繊維組織群の診断が重要となります。
・代表的な自覚症状
大きく口を開けるとカクカクして音がする。
耳のあたりに違和感があり、痛みを伴う。
噛みしめや、歯ぎしりがある。
知覚過敏で歯が染みる。
関節円板は全方向に変位して外側に滑り落ちています。閉口時・開口時に内側の関節円板が正しい位置に戻ろうとすることでクリック音があります。顎関節の高さ(下顎窩・関節円板・下顎頭)も変化することで、歯並びと咬み合わせに大きな悪影響を及ぼします。
関節円板は全方向に変位して滑り落ちています。外側・内側の関節円板がヘルニアの状態にあり、正しい位置に戻らない状態です。関節円板の位置によっては後部組織を圧迫して壊死に繋がる場合もあります。顎関節の高さ(下顎窩・関節円板・下顎頭)も変化することで、歯並びと咬み合わせに大きな悪影響を及ぼします。
ステージ 5
重度の顎関節症と診断される顎関節。咀嚼筋すべての緩みが進行して関節円板は全方向に対して移動します。関節円盤、関節包、骨(下顎窩・下顎頭)は変位し、咬み合わせも大きく変化します。後部組織が関節窩に滑り挟み込まれることで強い痛みを伴います。更に後部組織が壊死、喪失することで軟組織の生理的機能を失い、下顎窩・下顎頭の骨同士が接します。
・代表的な自覚症状
痛みを伴って大きく口が開けるのが辛い。
耳のあたりに違和感があり、痛みを伴う。
噛みしめや、歯ぎしりがある。
知覚過敏で奥歯が染みる。
噛み合わせが変化している。
関節円板が完全に前方に滑り落ち関節包(後部組織)が下顎窩に挟み込まれ続けたことで、後部組織の喪失が進行し下顎窩・下顎頭が接していきます。直接骨が擦れることで異音や違和感を感じることがあり、感染性関節炎による下顎頭の変形リスクも増大します。
下顎窩・下顎頭が直接擦れることで表面が平滑になり、関節円板が滑落し軟組織を失った状態でなめらかな関節の動きとなります。ただし顎関節の高さ(下顎窩+関節円板+下顎頭の和)が大きく変化しているため、本来持っている咬合機能は完全に崩壊しています。